クリスマスイブの豪華なディナーのテーブルを四人で囲む。

料理好きのパートナーは引越し先のいまの部屋を決めたときに、前に住んでいたひとが残していってくれたテーブルの広さをみて、ふたりにはこれで十分だし、ふたりくらいなら家に招いてごちそうさせてもらうこともできるねと話した。クリスマスにその機会を作りたいといって、引越しにあたってもそのあともとくに世話になったふたりに予定をたずねて、クリスマス当夜はいそがしいけど、その前のイブの晩はあいているというので、ここにあわせてもてなしをした。

計画はおまかせとさせていただいて、宮城産の野菜をたっぷり買い出しにいくのと調理中の料理を味見することのほか、部屋の片付けと掃除だけを手伝わせてもらった。この日のためのあたらしいお皿に、クリスマスらしい縁起のいい色合いの飾りで包んだカトラリーをのせた。もちろんあのおおきなクリスマスツリーもそびえていた。

六時半あたりからはじめられるようにするので、都合のいいときにお越しください。遅くなってもおしえてもらえればお気になさらず、ただしメインの料理を熱々で食べていただくには一時間くらいできてもらるとうれしいです。おふたりにはこう伝えておいた。

この前のビデオ撮影のときは遅れながらも顔をだしてくれて、仕事納めも近くてめっちゃ忙しいはずの隣のCさんは、きっかり六時半にギネスの瓶の六本いりを手土産にきてくれた。仕事先からいちど家にかえって車をおいて歩いてきてくれることになっていたAさんも、国産ウイスキーのボトルを小脇にかかえて七時までにはきてくださった。先にビールをすこしあけていたことは忘れて、スパークリングワインを注いで乾杯をした。この先の料理はぜんぶパートナーが世話してくれて、ぼくもゲストのひとりになってたのしんだ。

まず小皿にすりきりいっぱい詰まったレバーペーストは、きれいに並べられたクラッカーに載せて食べられるようにしてある。それから生ハムつきのカプレーゼは、ピンポン玉のおおきさのモッツァレラチーズと、おなじおおきさのプチトマトが、それぞれ半分ずつくっついて赤白の玉になって、ハムとバジルのうえで鮮やかにならんでいる。

それからかぼちゃのポタージュ。ほうれん草とトマトソースを添えたサルシッチャ。ひとつずつあたらしいメニューを供してもらうごとに、まだこんな隠し玉があるんですか、というようなうれしいサプライズがあった。メインの鳥の丸焼きはまず目にうれしく、レモンの皮とローズマリーをあえた塩で全体から香りと味を引き出して鼻にうれしく、ナイフをとおせば胸肉はするりとぬげて手にうれしく、ほくほくの野菜のローストごといただくのは身体にやさしく、なによりオーブンからテーブルにすぐ運ばれたできたての熱さと味はたまらなく口を満足させた。

どれも「うまい!」と大声でいうよりも「うっま…」と小声でいうようにして、つまりはことばを失うくらいの味を味わっていた。もうこれ以上は満足できないくらい満足したとおもったあと、手作りのアップルパイにバニラアイスをのせて、シナモンをふりかえたおいしいデザートがあらわれて、もう一段と口は満足した。

それからもレバーペーストとチキンをつまみながら杯はすすんで、ワインの瓶は空になって、ビールの空き瓶もみるみる増えた。おみやげのギネスもウイスキーもどんどん出たし、二年前くらいにもらったウォッカを冷凍庫に隠したままなかなか飲まずにいたのもこの機に放出した。前にこの部屋に住んでいたひとが整えたままにしてくれていた食器棚にはおおむね和食向きの食器がたくさんあるのだけれど、そこにどういうわけかショットグラスが三つまぎれているのを愉快に再利用してたのしんだ。

七時にはじまった晩餐会は、日付が変わって二時までぼくたちを楽しませた。お帰りになるときにAさんが「丑三つですね」とつぶやいて、すぐにCさんが「それはいっちゃだめです」と返す声の切なさは、たしかにすばらしい時間があったことの裏返しだったとおもう。主催者であるところのパートナーは、これだけやれば万全だという自信とこれで大丈夫かしらねと心配を半分ずつもっていたようにはじめみえたけれど、すべての料理がばっちりと全員の喉をうならせて、作るひとのしあわせも満喫できたようにみえた。

参加した誰にとってもこの一年はすばらしい一年だったといい思い出を残して、すこぶる積極的な気持ちにさせるクリスマスのちいさなパーティだった。思い出さなくてもいい微妙な記憶のことは、もともとそんなものはなかったのかもしれないし、すばらしい時間がいやなものをぜんぶ吹き飛ばしてくれたのかもしれない。