実家から歩いて十五分くらいのところにあたらしい喫茶店ができていた。
いまは廃校になった小学校の入口の向こう、踏切を渡ったところに古い喫茶店の跡があって、子どものころからずっとそこは空き家とおもっていた。それが実はあたらしくジャズ喫茶になって営業しているというのをおぼえた。営業時間は午後からで、どうりで朝に散歩しても看板なんかは出ていなくて、そんなお店があることも知らないでいた。
お店についたら聞き覚えのあるトーンのギターが鳴っていた。ケニー・バレルの音だ、でもどのアルバムかわからない。お水をはこんでくださったマスターに聞いたら、これはおれがいちばん好きなギタリストでね、といって岡安芳明さんという名前をならった。国産の録音とはわからなかった! マスターがいうところによると、岡安さんはケニー・バレルをひどく敬愛しているというから、つとめて音色を寄せているのはそうだとおもう。年明けの春に、岡安さんを招聘して生演奏会をやるというのもおしえてもらった。
どこから来られましたか、とたずねられて、東松島、宮城ですと応えた。でも中学校はここです。するとマスターは実は角館中学校の先生で「いくつ?」「三十二です」「担任は誰だった?」「福田先生」「生徒会長は?」「塩田くん」といったら、疑いなく伝わったみたいだった。こちらも先生のたしかになつかしさのある表情を認識した。まあゆっくりしていきなさいといって肩をぽんと叩いていくのは、お客というよりも生徒にするやりかたで、それは気分のいいものとぼくはおもった。ブレンドコーヒーとチョコケーキをいただいて、しっとりしたチョコケーキが絶品とおもった。
岡安さんのピアノレスカルテットのCDをフルで聞いて、二周目の「キャラバン」を聞いたあたりでディスクが替わって、コルトレーンの「ブルー・トレイン」がはじまった。じゃあ次が聞きどころといって待ったら、ハービー・ハンコックの「処女航海」が続いた。ディスクじゃなくてプレイリストを流しているのかな? となりながらもじっくりアドリブに耳をすませた。
お客さんの出入りはおおくて、テーブル席にはカップルが二組ほど立ち替わりに座って、カウンターにもおふたりかけていた。帰り際、カウンターにきてくれたらもっと話したかったのにとおっしゃってくれた。年内はあしたまでの営業というから、あしたもきますねといったら「お、いったな? 聞いたからな?」とやっぱり親しげな先生の勢いがあった。