コンサートホールに座って抽象音楽バンドをきく。

はじめて石若さんの名前をおぼえたのは、キッド・フレシノのバンドに呼ばれて叩いているのは同世代のジャズドラマーらしい、とおぼえたときだったとおもう。大学のジャズ研の先輩が自作自演音楽でデビューして、ライブをするときには彼女のバンドで石若さんが叩いているらしい、というのもうわさできいたことがあった。

実演をみるのはこの日がはじめての機会になった。ポップスの録音で叩いているのをそうと知らずに聴いたことはあったかもしれないけど、石若さんがリーダーの役割をもって演奏するのは、録音でも聴いていなかった。ジャズ喫茶のマスターがフライヤーをおいているのをみせてもらったときに「すごい、仙台にくるんですね」とあわてて、逃さずチケットを確保できた。

バンドは、ドラムに石若駿さん、ピアノに高橋佑成さん、ウッドベースにマーティ・ホロベックさん。トリオに加えて、ゲストとしてテナーサックスの馬場智章さん。いずれも92年から94年の世代になる。フライヤーには「新世代ジャズシーンを象徴する面々が集結!」と印刷してある。

日立システムズホールは仙台フィルの本拠地で、つまりはクラシック音楽向けのホールというわけで、四人組の現代音楽隊にとってはちょっと不都合な会場だった。ホール全体が鳴るときの残響感は、リズム音楽にとってはかなり相性が悪かったとおもう。強いリズムが次の動きに進むことをとめどなく要求するのに、ひとつ前の音のなごりがいつも空中にとどまっていて背後から迫ってくる。しぜん足取りが重く聴こえてしまうときがなんどもあった。

ピアノの高橋さんはモジュールシンセサイザーを持ちこんでノイズ発生機に利用していた。実験しようというのはすばらしいに違いないけれど、実験の成果は正直なところ大失敗になってしまっていたとおもう。ホールのもともとの特性がリズムをむずかしく濁してしまっているときに、ノイズを混ぜたら音楽すべてがノイズに飲みこまれてしまって、リズムもハーモニーも消失して、すべてを雑音に還元してしまった。演奏が圧しつぶされることの痛々しさをまるごと語ってしまっていた。音楽することがたのしみやよろこびや個の解放でなくて、暴力と屈服にみえてしまったら、それを成功や達成と呼ぶのはむずかしい。実験することはナイスチャレンジだけど、リハーサル室に閉じこめておくのがふさわしい内容が本番に出てきて事故を起こしてしまった印象があった。

4ビートでスイングする石若さんの自作曲を聴かせたのはよかった。二曲目のこと。テナーサックスのソロが結末に向かうにつれて、ピアノとベースが弾くのをやめた。ドラムだけが残って管楽器とのあいだに筋肉質のすばらしいインタープレイを聴かせた。そこがライブのハイライトで、冒頭から音響の違和感とノイズの気味悪さに「もう帰りたい」となってしまっていたのを「帰らなくてよかった」とおもって真面目に喝采せずにはいられなかった。ソロを終えたテナーの馬場さんにも達成感があったようすで、石若さんと後ろ手にタッチを交わしているのが爽やかにみえた。そう簡単に再現することはできない魔法的な瞬間があらわれたのは即興演奏ならではのすばらしい部分だった。

バンドははじめ手こずるようにみえた音響をいつのまにか克服したみたいに聴こえて(それか誰かすぐれたひとがマイクのバランスを裏で調整したのかも)、尻上がりに響きをよくしていた。よくしたとはいっても、全体的に音の輪郭はもこもこして、壁越しに聴いているみたいだった。目をみて話してくれれば喜怒哀楽がわかるのにそっぽを向いて話すから何をいいたいのかはかるのがむずかしいひとのぼそぼそ話をきくような感覚だった。テクニックのすばらしい演奏家たちであることはあきらかで、もうすこし親密な距離感の会場できくのがいいとおもう。ぼくはほとんど最後列の壁ぎわの席にいて、そこはかなり不利な位置だった。

ノイズを故意に混ぜるのだけはこの日の音響のうち最後まで受けつけることができなくて、苦しんで聴かされた。太鼓を叩く腕と脚、弦を弾く指、管を鳴らす息、筋肉の運動がする人間のパフォーマンスを、よく制御されていない機械の出力がかぶせて侵すのに、精神的ショックもあった(ナイーブすぎるかな)。人間が機械に飼育されて死ぬことの悪趣味な批評にきこえてしまうのが悪かった。