慣れない枕がへんな夢をみせた。閉園後の遊園地で暗い顔の若いひとびとが地面にへたりこんでうつむいていた。懐かしい顔がふたつみっつみえた。

目が覚めたら外からの光が部屋をすこしあかるくしていた。カーテンをおおきくあけてひろい窓から海をみた。天気はきょうもいまいち。

朝の温泉にひとりはいって、小皿の充実した朝ごはんをいただいた。熱いお味噌汁がおいしかった。いかさし、温泉たまご、海苔のつくだにがおいしかった。ふとんをあげて、すこし本をながめて、ゆっくりチェックアウトした。

羽黒山に五重塔があって、それは東北最古のもので国宝になっているというのをおがみにいく。宿を出発するときに誘導してくれたおじさんは、あっちは雪はどうなんですかね、もし階段をのぼるなら気をつけてください、とおっしゃった。だいたいの経路をあらかじめ頭にいれて、助手席にツーリングマップルをひらいたままにして、カーナビにたよらずにいってみることにする。

ファミリーマートであたたかいコーヒーをひとつと、だだちゃ豆のご当地スナックをひとふくろ。道の駅庄内みかわで「田村牛乳」という酒田の牛乳屋さんのレトロなロゴつきのラングドシャの詰め合わせに、つや姫でできたくるみゆべし。お土産を買ってから出羽三山に向かっていこう。

藤島由良線から藤島羽黒線へ乗り換えて、曲がる信号をひとつ間違える。それでイメージしたのと違うところに出てしまったけれど、集落の道をまっすぐいけば羽黒山にはたどりつけるらしいから、二メートルもありそうな雪の壁が道路をせまくしているあいだを通り抜けていく。とても車二台がすれ違えたものではない交差点の入口で信号待ちをして、いま対向車がきたらどうするんだろうなとあきらめが他人事のような気分にさせながら、誰もとおらずに通り抜けた。

僧坊が立ち並ぶ通りをいく。手向とかいてとうげと読ませる町は、昔から巡礼のひとびとを泊める僧坊が軒をつらねているとのこと。手向というのはいかにも難読地名のようで、実は手向けというのが峠の語源になっているようすをきけば、古式ゆかしい由緒もある。

駐車場を示す矢印が左右をさして、左の駐車場が雪に埋もれているのをみる。右にはいると、そこはいでは文化記念館という施設だった。館内は遺産ウィークとかいって無料で開放されている。

山伏たちが修験道にはげんでどんな知識を遺したか。山にはいって草木をかじっては薬効をたしかめて、民間療法の普及につとめた修験者が行動する賢者であったことをおしえる。ひとびとの信仰あつい山を江戸と明治の官吏はどう虐げ破壊したか。神仏分離、廃仏毀釈、修験禁止と重ね重ね介入して、いまでは大鳥居が立っているのはごく浅い歴史であることをおしえる。

ひとびとの歴史をたいへん詳しく説明して雄弁だ。芭蕉がおとずれたときには一週間ほども滞在して、松島や平泉や最上川の句ほど有名ではなくも、りっぱな句をまた残している。

雲の峰いくつ崩れて月の山

芭蕉は旅をしつつ俳諧興行をもよおした。呂丸という羽黒商人が芭蕉の門下にはいった。俳人どうしの仲がいくつもの書簡を交わしたさまは、おくのほそ道の後日譚のひとつを読ませるようにしておもしろい。ひっそりと感動的なことだ、ひとりの詩人が芭蕉のとりこになった一瞬を追想することも、その奇縁がこの詩人の痕跡を四百年あとに遺させたことも。

これからみにいく五重塔は平将門の普請によるものとおしえる。将門が出羽まで勢力をもっていたことはぼくの知らない知識とおもうとき、それを詳しくおしえる展示はないけれども、そもそも将門のことをぼくは逆賊としてしか知ることができていない。かなしいこととおもわせて、これはそのうちおさめる宿題になったようだ。

さて五重塔をみにいこう。だいたいこっちだろうと勘で進んだら社務所の奥もどんつきまで深入りしてしまって、さすがにここにはもうなにもなさそうだと引き返したら、すぐそこに鳥居があった。なんと平気で無視して通り過ぎていたというわけ。注意散漫ともいうけれども、その鳥居への道は雪のなか一条だけ道を通して踏み固めるばかりになっているのをみれば、これを歩くのは厳しいぞという無意識が目を閉ざし見過ごさせていたのかも。

鳥居の向こうに随身門がある。その陰にパネルが立っていっている。この先かならず長靴とストックを着用すること、いずれも文化記念館で無料貸し出し中。ふむ…ここではなくてさっきまでそこにいたときにそうおしえてほしかった…とおもいながら、そうはいってもどんなものだろうと踏み出してみたら、小スロープに足をかけるなりずるりと滑って尻もちをついた。そのままとまらず数十センチずりおちた。これは、あぶない! もどって長靴とストックをお借りして再挑戦です。しかし装備をしても入口からいっきに谷におりる道がほんとうにあぶない。

おもいだしたこと。たざわ湖スキー場のうえのほうに「国体コース」というのがあって、それは国体のときの公式コースだったからそう呼ばれているんだけど、あるとき小学生のぼくはひとりそこに迷いこんだ。単に傾斜が厳しいだけなら滑れるぞと自信と傲慢をつけたころのことだった。しかしその日は激しい傾斜のうえにさらにモーグル向けのデコボコが形成されていて、モーグル技術はもたない小学生はあとにもさきにも動けなくなった。

こんどの坂はモーグルにはなっていないけど、さっき尻もちついた小スロープよりもずっと急な坂がまっすぐ谷底へとつながっていて、足がかりになる段差もほとんどない。モーグルというよりボブスレー会場みたいになっている。どうやって降りていいのかわからない。どうにか降りたんだけど、どうやって降りたのかもよくおもいだせない。

谷底からはまだしもやわらいで、すこし急にみえてもすぐ坂が切れるから、おもいきって進むのがおもしろいコースだった。巡礼路のことをコースとか呼んでるのがおかしいですけどね。滝がおちて川が流れるうえを橋がわたっているうえを歩いた。枯れた景色、つめたい空気、水が流れて風が切っていく音、すべてが必然のなりゆきにみえて、これがほとけの胎内であると信じるのが自然なこととおもわれた。雪もふりはじめた。

帰るひとと道をゆずりあいながら進んで、五重塔はもう二百メートルくらいでありますよというのをおそわって、ひといきに通り抜けた。それは杉林のおくにたたずんでいた。小道の前にたってまず正面からみた。かたわらに表札の杭が立っていて「国宝羽黒山五」とまでみえて、そのさきは雪に埋まってあった。近づいてみあげたら、そこには杉の天蓋はなくて、しんしんとふる雪が押し寄せはじめるのを顔面で受け止めながらまっすぐみた。三十メートルほどもある威容もすごいが、複雑なパターンを再帰的に反復する手のこんだ木細工が、積もる雪ごと屋根を下からささえてもちあげるのに圧巻をみた。

そのすこし手前には爺杉というなまえの巨木があって、ただならず荘厳だった。まわりの杉林にしてもすべからく立派な老樹であるのに、爺杉はひときわ巨大で、近づくほどにありがたやとおのずから声をもらさずにはいられなかった。廃仏毀釈のときにこれが切り倒されなかったのはほんとうによかった。

帰り道は雪が強まって天蓋を貫通して落ちてくるのをまともにあびて、ストックをにぎる裸の手が赤くこわばって感覚をなくすスレスレのところまでいく。降りてきたあの傾斜をこんどはのぼるわけだけれど、とにかくはやくもどらないと死ぬかもしれないとおもってひたすら手と足を動かせば、ずいぶんな運動になる。随身門までもどったら、トレーニングをおえたときとおなじ達成感の声がひとりでにあえいだ。

谷ののぼりおりをこうして小一時間して、長靴とストックをもとの場所に返したら、外からは雪、内からは汗で湿った気配のダウンジャケットを休憩椅子にほうりだして、自動販売機でソーダを飲んだ。たまらなくうまかった。たちまち飲み干してから、あれ、なんでこんなにかじかんでるのにソーダを飲んだんだろうといって、缶コーヒーも買い直してしばらく握ってぼうっとした。

なかば思いつきでおとずれてしまったけど、これはずいぶんすごい場所だ。富士山にのぼってみたいとおもったことは実はあまりなくて、気晴らしに五合目までしかいったことがなくても別に惜しむ気持ちはないのだけれども、足の元気なうちにこの山を最後まで巡礼するのは、それをしないと惜しんだまま人生を終わらせてしまうかもと素朴に信じさせられる経験をしたとおもった。

腹も減ったしといって、ここから新庄までは車で一時間ほど。いまが午後一時だから、スタスタいけばラーメン屋さんが閉まる前にはつきそうで、それなら新庄で鳥モツラーメンにしようといって出る。出たところで、そこを通って帰ろうと地図でながめていた立川羽黒山線が封鎖されているのにいきなり出くわして遠回りをする。冬季封鎖というのは、ロープとかゲートで閉じているのではなくて、道があるはずのところに雪の壁があって閉じている。見方を変えれば、通ることのできる道路はみな誰かが除雪したから通ることができるというわけで、ひとの暮らすことの遠大さがある。

鶴岡郊外にもどって、新庄への道をさがしながらいく。凍りかけの雨みたいな雪がぼつぼつと降って運転席の視界はわるい。最上川に沿っていく道をまた走りながら、急に尿意をもよおした。出る前にきちんと済ませたのに、二十分ばかりでまたやってきた。朝から飲んだお茶とコーヒーがいっきにきたのかしら。景色もほとんどみないで我慢して新庄におちのびて、バイパスのビフレでトイレを借りた。その裏の角にラーメン屋さんがあるというのでいけば、閉店していた。こうしたどたばたでお昼ごはんをのがした。スーパーの屋台であつあつのあじまんをふたついただいて、また道路にもどる。

午後三時、道の駅もがみ。連続になるけどここの食堂でいいか、とおもってつけば、ちょうど営業終了したところだった。ローソンのおにぎりひとつだけ食べる。きのうはずいぶんかわいていた路面がきょうは雪でギタギタにされていて、対向車とすれちがえば踏み潰した泥水をあびせあうみたいにして峠を越した。鳴子峡はまだ白くて、鳴子峡を出たとたんに雪はピタッととまった。

疲れをためながら家までまっすぐ。鹿島台のところで道路案内に東松島と出たので曲がったら、それがずいぶんはやすぎて、鳴瀬川沿いのすこしこわい道にまねきいれられた。遠回りにもなったのがミスだったけど、またひとつ地理をおぼえた気もした。