安部公房が80年代にのこした雑誌記事と日記をパッケージした随筆集を読む。新潮文庫。2024年が作家の生誕百周年だったということで復刊していたらしい。
表題の「死に急ぐ鯨たち」は、鯨の群れが岸に向かって押し寄せて集団自殺することにあっさり触れる。集団パニックに陥っているのかな、と示唆する。大地震の予告、エネルギーの大量消費、国家間の不信、核戦争の恐怖、みたいなおおきなトラブルのさなかに人間はまだかろうじてパニック未満の正気をもっているけれど、さてもいざパニックに陥ったらどうなるでしょう。鯨には知性があるというけれども…と黙示する。
もっとも、国際的だったり政治的だったりするトラブルを文豪が語りつくすという体裁ではなさそうだ。むしろ随筆集はこの季節の作家が「言語が人間をつくる」というコンセプトに魅惑されていたようすをおしえる。
ノーム・チョムスキーはえらい。イワン・パブロフの晩年の思想がだいじだ。コンラート・ローレンツは動物のことときたら随一にえらいのに、どうしてこんなにファシストなんだ。とくにローレンツ嫌いのことを回転軸にして、言語、言語、言語とこだわって勉強するようすをみせている。
たとえばこんなことをいう学者がいたらしい。いまだ未熟な人類は言語のように不十分な媒介物をとおしてしか意思疎通ができない。感情と共感をより効率的に伝達できるデバイスの開発が必要だ。そうすれば人間は言語を捨ててより深く理解しあい、すばらしい世界があらわれるだろう…
安部公房は激怒してぶっ叩く。なんてバカなんだ、言語がなければ感情も共感も人類もないわい。ていうか、おまえがほしがってるすばらしい世界って、ただの全体主義!
もともと随筆仕事のすくないひとだったということを解説におそわれば、たしかにこのひとが時代に向けて意見らしい意見を述べているのはふしぎにみえる。別のみかたをすれば、いつもこんなにいらついているひとが政治のはなしはつとめてこらえて、時代のメディアの前ではずいぶんな沈黙者ですごして、硬派に思弁的な作品をもっぱら書いてまっとうしたということにすごみがきいている。
世界がナショナリズムブームで暗くみえてしかたない時代のことをおしえる。スパイ防止強化、とめどない軍拡、愛国心の押し付け、集団化と排除、みたいなことで心を痛めたのは40年前のひともなぞった道とわかると、すこしは楽な気分になる。それでいいこたあなくともね。