京都に音楽をききにいく。プロコフィエフの7つある交響曲のうち、この日は第四と第五がかかる。指揮は沖澤のどかさん。
この日あつかう第四交響曲は初稿版といって、たとえば小澤征爾とベルリン・フィルの全集に採録されている改訂版は40分強の演奏時間があるのに比べて、初稿版は30分未満でおわる。そもそもこういうバリエーションのあることをはじめておぼえる。
第一楽章のきびきびしたリズムのうえにアイロニカルな旋律をのせてきかせるやりかたは、テンポの速さに反してどことなく悲壮感がある。かといってすべての響きが悲壮とはならないで、チャップリンが一生懸命になればなるほど滑稽にみえて笑えてしまうみたいに、後景と前景の対比がアイロニーをユーモアに転じさせるのがおもしろい。
チャップリンを連想したのにあわせて作曲の背景をおさらいすると、第四交響曲はプロコフィエフがボストン交響楽団から委嘱されて書いたもので、1930年に初演があった。その初演は不評だったらしい。そのころにはアメリカを拠点とはもうせずに、パリとモスクワを行き来する暮らしをしていた。チャップリンの『黄金狂時代』はもう公開されていて『街の灯』とか『モダン・タイムス』はまだ出ていない。
刺激的な第一楽章のあと、第二楽章より先は耳に残る特徴をみつけることに苦労していて、実演をきけばなにか掴めるかと期待もしていたが、曲想が落ち着いていくのに合わせてまぶたが重くなりはじめて、だんだん注意力を失ってうとうとしていた。お気に入りの第一楽章の響きをたしかめたら、あとは聞き流すという感じになってしまったのがもったいないことになった。
第五交響曲は第一楽章の末尾にかけてドラがドカンドカンと鳴る大団円のような激しい音量の演奏で、ひとを食ったような第二楽章の主題もよく響いている。最後までハイテンションのまま駆け抜けて、全曲が終わるなり歓声が乱れ飛んだ。これでよくわかるとおもわせてくれるように要所をおさえて手際のいいはこびだったのだとおもう。感動的な情緒にみたされるというのとは別の満足があって、それがテクニックだったかとおもう。
早朝に出て仙石線、東北新幹線、東海道新幹線と乗り継いで京都にはいり、コンサートが終わったら阪急で大阪梅田に向かった。京都は仙台よりも10°Cも暑くて立っているだけでこたえたし、ゲリラ豪雨も泣き面に蜂をアシストしてよこした。梅田の地下街で明石焼きと焼きそばをたべて、環状線でりんくうタウン駅までいって泊まった。翌朝の早朝のピーチに乗って仙台に帰るせわしない土曜日のこと。