誰と会う予定もない土曜日、せわしなかった二ヶ月のあいだカバーをかぶせっぱなしとなっていたバイクに風をあびせにツーリングへ出かけます。

朝から暑すぎるくらいの快晴です。午後からはところどころ雨という予報をみて、はやめに日帰りできるところを目指します。岩出山のうなぎ屋さんでお昼を食べて有備館のジャズ喫茶をおとずれるのを最初に計画しておいて、山のほうこそ天気が崩れやすいし、古川の渋滞に捕まったら降らなくてもひどいおもいをするだろうと考え直して、三陸道で気仙沼までひとっ飛びすることにします。タオルと飲み水をリュックに詰めてかついでいきます。

プロテクターを装備すると、冷房をかけた家のなかでももうひどい暑さです。走り出せば風で楽になれるとわかっていても、ジャケットを着てブーツを履いてヘルメットをかぶっているあいだに汗でびっしょり濡れるのがわかります。いよいよ出発というときに、財布ごと免許証も忘れるところだったのに気づいて、やりなおしのもう一汗をかきます。

信号のおおい国道を避けて裏道から石巻港インターにはいって三陸道に乗ります。そうしたら気仙沼港まではまっすぐです。汗で濡れた身体を風がとおりぬけて乾いていきます。しばらくは涼しくおもっていたけど、ひととおり浴び尽くしたら日差しは激しく照り返しは猛烈で、走っていてもぬるい風しかやってきません。ブーツのかかとのところが日差しに焼かれてヒリヒリします。

東京からこちらまでバイクを運んできたのはちょうど去年のいまごろだったとおもいだしながらいきます。道路の気温計は30°Cとか28°Cとかいっていて、それでこんなに暑いのによくも都内で走れたものだよと信じられない気持ちでおもいだしています。ひんやりした空気は平野が終わって山を横切るときようやくやってきます。

気仙沼についたら港はとおりすぎて、旧い街並みのほうにまっすぐはいっていきます。老舗のジャズ喫茶「ヴァンガード」がこのへんにあるはずといちど路肩にとめて地図をたしかめると、もう100メートルもいったところがそうとわかります。なにもみないできたわりにほとんど正解じゃんと満足しながらいくと、すぐそこにお店がみえます。が、駐車場がありません。まわりはみな無断駐車おことわりの月極駐車場です。こうして迷ううちにお店ははるかうしろに離れていき、迷子となるのでした。

コンビニもスーパーもあたりにはない。旧い通りのことで一方通行だからもどっていくこともできない。銀行の駐車場は広そうにみえて閉まっている。ドラッグストアの駐車場は閉店につき閉まっている。ほんとうにどこにも駐められない! おろおろ進むうちに町のはずれまでくれば、いよいよ石巻に帰るための道に乗せられそうになり、あわててUターンします。

もういちどやりなおしということで、一方通行のいりぐちからはいりなおしていけば、前の車がの店先にベタッと駐めるのがみえました。はい、路上だけが駐車場ということで、こちらも歩道にウリャっと乗り上げて駐めます。右往左往するうちにまた身体中が汗でびっしょりとなります。装備をはずして身軽にしてからお店にお邪魔します。

入口のところのボックスシートでおじさんたちが寄り合いをしています。店内は奥のほうに広くのびていて、そのいちばん奥にスピーカーがあるのをみて、奥にお邪魔します。ピアノ・トリオのスタンダード集がかかっています。

土曜日限定とメニューに書いてある焼きカレーというのをたのんでみます。カレーが500円で焼きカレーが600円と書いてあるのをみて、さすがに安すぎるのではないかなとおもいながら壁をみやると、壁に埋め込まれた瀟洒な木彫りの古いメニュー表はこの半分の値段をおしえているのでした。そもそもが喫茶店なので、カレー以外に食事のメニューはなく、カレーなら安く出せるというので出しているというのもあるかしら。

焼きカレーはちいさなグラタン皿でやってきます。ちいさく盛ったカレーに卵を落として、アメリカ風のチーズで蓋をしてオーブンで焼いたようす。仕上げにフレッシュトマトとバジルで飾ってあります。それでいて福神漬も添えてあるのになつかしさの残っているカレーです。控えめな量であっても熱いのでゆっくりだけ食べて、運転してきただけの小腹を満たすための食事にうってつけです。

食後にアイスコーヒーをいただきながらすこしだけ読書をします。ピアノ・トリオの録音は二周目にはいっています。一人旅のお客さんがきて、有村架純さんの映画の撮影をここでしたんですよねと写真を撮りながら興奮げにマスターに話しかけているのがきこえます。天気が崩れる前に帰らねばです。

三陸道に乗れば90分で帰れるのはそうとして、急に雨が降っても緊急退避できないのはこわいとおもって、なんとなく下道を走っていってみます。雨が降る前にいそいで帰らなきゃという情緒と、雨が降っても大丈夫なようにゆっくり帰ろうという情緒がかさなりあっています。

そうして下道をいってみると、すこしの高低差とすこしの曲がり道があるとはいっても、ほとんど信号のない道をまっすぐいくだけで、遠回りしているともおもわずにすいすい進むのでした。むしろ、たまに信号があってくれたほうが、一時停止して気を抜くのにちょうどいいくらいです。

まっすぐ向こうにきれいな入道雲がみえます。大谷海岸でたくさんのひとが海水浴をしているのがみえます。

雨なんて降りそうもないとしばらくいったあと、南三陸がみえてきたあたりで、青空はいつのまにか消えて、正面に重々しく暗い雲のかたまりがぬっとあらわれています。道路が濡れていると気づいても、次の瞬間にはまた乾いた道があらわれるのをみると、局地的に降らせている様子です。水たまりさえできているところがみえれば、その局地的な降らせかたは激しそうです。

南三陸でひとやすみとはせずにまっすぐ帰ります。柳津まで山を横切って走る道はずぶ濡れになっています。雲が低く立ち込めて、水のなかを歩いているみたいになります。まだ午後二時だというのにひぐらしの鳴く声がするのが異様におもわれます。山を抜ければふたたび乾いた路面にもどることができます。

桃生津山から三陸道に乗って、石巻市内の渋滞を避けて帰ります。イオンモールの手前の短い区間だけ、路面がビシャビシャになっていて、先行車が跳ね上げた水しぶきでヘルメットが細かい水滴まみれになります。これは危ないぞとおもった矢先に、また道路は乾ききってなんの問題もなくなるのでした。いったいどんな天気だったんでしょう。

ガソリンをいれて帰るときにメーターをみたら、オドメーターが14998と表示しています。家に着くときにキリ番になるんじゃないかしらとおもいながら帰って、そのとおりに家の駐車場で15000キロの記念写真を撮ることができて、ツーリングはおしまいです。