たいしておもしろい新作映画もかかっていない夏休みの季節に映画のソフトを買っておいたのを観る。小津安二郎の1957年の作品で、作家がカラー映画に移行する前の、さいごの白黒映画だという。

タイトルにある「暮色」は「ぼしょく」と読んで、夕暮れの薄暗く弱っていく光のことをいう。洋服にタバコをかしげた女性がこちらをまっすぐ見つめるパッケージに英題で「トーキョー・トワイライト」と書いてあるのをみて、自立した女性の東京ぐらしを描いた映画と印象にもおもって選んでみる。やがて「暮色」というのがより陰惨な比喩を担っていることがわかる。

男手ひとつで娘ふたりを育てあげた銀行員の杉山(笠智衆)は次女の明子(有馬稲子)と二人暮らしをしている。そこへ長女の孝子(原節子)が子を連れて実家に返ってきた。話したがらないが、どうも夫との折り合いが悪いようす。

明子は短大を出たあと、就職するまでのあいだ職業訓練の学校に通い直している。清貧というよりも有閑の暮らしをしているようにみえて、夜ごと街をさまよっては、いたるところにみえる顔なじみにたずねていう。木村さんどこにいるかしらない?

杉山の妹(杉村春子)は事業を軌道にのせて、うまくやっている。女社長らしい気の強さをおしだして、勤務中の兄を鰻屋に連れ出して、昼から酒を一献やる。明子ちゃんがお金を貸してくれってきたのよ、しかも五千円も。そんな大金わたさなかったけどね、と兄に打ち明ける。

不良少女になりたいわけではなかったのに、明子は気づけば生活の堕落に陥っている。はたらいておらず嫁にいきたいわけでもないが、どちらもしないことに呵責がある。孝子はつとめてはげまそうとするが、彼女自身の夫婦生活がうまくいかなかったことに後ろめたさもある。

やがて姉妹は五反田の雀荘の女将が、妙に家族の過去を知ったふうであるのがわかる。あのひとこそ、家族を捨てて消えたかれらの実母ではないか? 孝子は父の名誉のためにも雀荘には近づかないよういましめるが、明子は母にあってたしかめずにはいられない、母にしかたずねられない問題を抱えて雀荘へとまた向かう…

深刻になったかとおもえば投げやりになったりもする明子の若い葛藤をカメラはつかまえて赤裸々にみせている。みていられないほど痛々しいところもある。復興して豊かになりつつある東京はすでにも孤独や不安と切って離せない街となっている。

孤独な若者たちは雀荘に集まって猥談する。早口でしゃべりながらジャラジャラと打って粗野なイメージは、たとえば『秋刀魚の味』で碁盤をかこんで縁談の話をする場面の知的で穏やかなイメージとよく対照をなしている、という気がした。戦争を生き延びた親たちと、戦後にのびのび育つ子たちには、対比という以上にどうしようもなく乗り越えられない断絶があるようすもみえる。

雀荘のある五反田が画面に映れば、そこは通りがひとつかふたつしかないまだ空の広い町で、まだ舗装のされていない道が土煙さえあげそうな気配は、江戸郊外の小通りのようでもあれば、ひなびた西部劇の舞台のようでもある。

豊かで華やかになりつつあるとはいっても、のちの姿にくらべればまだまだ貧しい東京のありさまのことなら、アマチュア評論家がインターネットにこう書き込んでいるのをみた。これは1964年のオリンピックのためにまだ土地が開発されない時代にたしかにあった景色だ。これは団塊の世代でなければわからないことだ1

そこでは堕落といってもありふれたことながら、明子はそこから這いあがりたい、なんとかやりなおしたいと切実にもがいているのが苦しい。もがいたところで救いがないのは、踏み潰されて死にきれずに苦しんでいる蟻かなにかの姿を想起させて、人間の命といっても虫のそれと変わりないことの過酷さがいっそう苦しい。

古い風俗でこんなものがおもしろくみえた。パチンコは球をひとつずつレバーを指先で弾くあそびで、のちの姿にくらべればまだまだのどかなものにみえる。雀荘の若者衆でなくて、銀行の監査役のほうがパチンコ屋をおとずれている。

室蘭へと旅立つ人物が上野駅からまず青森を目指すとき、夜行列車は急行「津軽」といって、奥羽本線を通って北へ向かっていく。つまり仙台、盛岡、八戸へとは向かわず、米沢に新庄、横手、秋田、大館に弘前と通っていく。そんな夜行列車はもうありませんね。

  1. このようにして、小津の映画を論ずるなら 1. 団塊の世代以前の生まれで 2. 東京区部で育った 3. わたしのような(知性を備えた)者、でなければ絶対に理解できないと高慢な調子を隠さずにいられないのがアマチュア評論家の嫌なところだなと観察できてしまったとき、おなじアマチュアのことだからぼくが書いても似たような粗はみえるだろうとおもって、お互い様ということならおおらかに許しあえそうな気持ちでこれを読んだ