土曜日は市の秋祭りだ。母が東京からあそびにきてくれた。
お昼すぎにブルーインパルスの展示飛行がある。いつもの掃除のほかに雑巾がけもして準備を整えておく。自転車で駅まで迎えにいくと、仙石線から何百人ものひとがおりてきて、ホームはぎっしり詰まって、改札がパンクしている。
駅前をまっすぐ下って県道までいく途中、露店で軽食をとる。ケバブサンドを甘口でひとつペロリと食べる。お母さんは焼き牡蠣屋さんにならんで、ふたつ入りのうちひとつ食べて、もうひとつをくれた。プロ並のおおきなカメラをぶらさげたり、無線機からイヤホンを伸ばして歩いていくマニアなひとがたくさんみえる。
県道との合流のところで立ち止まってしばらく展示飛行を待つ。駅の自販機で買ったグリーンダカラを飲み干して、そこのセブンイレブンでお茶を買う。レジにならぶひとのための列とは別に、トイレに並ぶひとのためのおおきな列ができている。
小型戦闘機が曲技をみせるのをながめる。みごとに晴れた青空を横切って、頭のうえに蓋をかけるみたいにゆっくり飛んで隊列をすこしも乱さないのを美しいとおもう。耳をやぶるほどの騒音も立てずにきびきびと小回りをしながら寄せては返すのをみれば、それは小柄なサッカー選手たちがよく連携してボールをはこぶやりかたに心地よい律動をみるのと似ていた。母はしきりにカメラを構えて、機体があらわれるたびにあちらからこちらへと向けてたのしそうにしておられる。
展示飛行のあと、午後からの綱引き大会のためにひとが集まりはじめているのを横目にみながら、いちど家まで歩いてひとやすみとする。その綱引き大会の決勝戦がはじまるころにあわせてもういちど出かけていくと、ぼくもその会員になっているトレーニングジムのチームは残念ながら敗けてしまったと、ジムのメンバーにおしえてもらう。コンクリートを引いてるみたいで歯が立たなかった、といわしめたのはレスキュー隊の自衛官のチームのことで、彼らが港の選抜チームを破って優勝する決勝戦をみる。
なにか夜ごはんになるものでも買っていこうと露店の通りにもどるとき、母はひとごみのあいまに散歩しているジャーマン・シェパードをみて、オーディン! といって愛玩している。知り合いの犬でもないのに名前を知っているというわけではなくて、ブラッド・ピットの最近作で『ハート・オブ・ビースト』という映画があって、そこで助演級の活躍をした犬種のことをその役名で呼んでいるのだった。
ほんとうの名前はオーディンではなくてオスカーだと名札をつけている。このまえバーベキューをしにお邪魔したKさんがかたわらにいて、オスカーは彼女のお隣さんのワンちゃんとおそわる。そのKさんの庭をこの日は地ビール屋さんに貸して出店させているからあとで寄ってくださいとおそわる。
うまそうなものから手当たり次第に、サモサ、小エビのかき揚げ、スペアリブと寄り道の買い物をしながらKさんの庭のところまでいけば、みんな飲みすぎじゃないのとやや心配なくらい気持ちよくなったひとでにぎわっている。地ビール屋さんがふたつ並んでいるうち、それぞれから一杯ずつちいさなカップでいただいて母とわける。
立ち話をしているうちに千鳥足になったKさんに母ごと連れられて、通りの奥にある酒屋さんの角打ちに移動する。そこでもう一杯ずついただくうちに、高校にあがるときにぼくをいれた横手の下宿はひどいおおはずれだったという話をきく。家賃と食事代といってずいぶん請求してよこすくせに、弁当には冷凍食品、夕食にはスーパーの惣菜を食べさせる宿で、お前にはずいぶんひどい思いをさせた…と十五年ごしに謝られても、ぼくはほとんどおぼえていない話のことだ。
乗れば通学できる電車があるのに、長男は下宿させないといけないのだ! とゴネたのは父のことで、嫌な宿とわかってもしばらく黙殺したことへの呵責も母にはあるらしい。とはいえ、そこに住んだのは一年にも満たないことで、冬に足を骨折したぼくはそれが治るまで母の車で送り迎えをしてもらって、ギプスが取れたころから松葉杖をついて電車で通学しはじめ、それきり下宿は引き揚げたのだった。
下宿暮らしといって思い出せることといえば、タバコ臭い国語の先生に漱石をわたされて読んだことと、親父の本棚からフロイトを拝借して読んだことくらいで、嫌な老夫婦のことはすっかり忘れていた。その骨折に前後してギターを弾きはじめて、下宿をやめてからこそいよいよ好きなだけ練習できたとおもえば、やめられてよかったということはたしかにそのとおり。
六時過ぎに「そろそろ花火が打ち上がりますよ」といって、ひとはぞろぞろと酒屋を出て来た道をもどる。Kさんとはわかれて、お惣菜をいれたレジ袋を家においてから、県道に出て花火をながめる。日も暮れてずいぶん冷えるなかのことながら、かわいらしい花火がポコポコとはじけるのをみる。
冷凍のごはんをあたためて、おおきなスペアリブを半分ずつおかずにして食べて、ヤクルトの石川投手の引退試合をテレビ中継でみる。昭和の怪物(江川)よりも平成の怪物(松坂)よりもおおく勝ったあなたは神宮の怪物だ、とさだまさしが立派なスピーチで称えるのをきく。